生成AIを会社に導入する企業が増えています。

ChatGPTやGemini、Microsoft Copilotなどを契約し、社員が利用できる環境を整える。しかし、その次にこんな問題が起きます。
「アカウントは配ったけれど、ほとんど使われていない」
生成AIは、導入しただけでは業務改善にはなりません。むしろ難しいのは、その後の「社内定着」です。
そして定着を妨げる大きな要因の一つが、「会社の情報をAIに入れてよいのか分からない」という不安ではないでしょうか。
AIの使い方を教えるだけではなく、安心して使えるルールと仕組みを用意することが、企業のAI活用では重要になります。
約290人に開放して、利用率86%超
2026年、創業108年のみそメーカー、ハナマルキの生成AI活用事例が紹介されました。同社では全社員約290人がGeminiを利用できる環境を整備し、2026年6月時点の利用率(ログイン率)は86%を超える水準に達したと報じられています。
注目したいのは、「Geminiを導入したから利用率が上がった」のではないという点です。
- 利用ルールを整える
- 活用事例を共有する
- 社内教育を行う
- 各部署に活用を広げる人を置く
- 経営陣自身もAIを使う
最初から全社員へ一気に広げたわけでもありません。25ライセンスから始め、利用状況を見ながら段階的に対象を広げています。
この事例から見えてくるのは、生成AIの定着には、ツールそのものよりも「使える環境をどう作るか」が重要だということです。
出典:ITmedia ビジネスオンライン「70代会長も動いた 創業108年みそメーカーがGemini利用率86%を達成した『3つの工夫』」、電算システム「ハナマルキ株式会社 導入事例」(2026年9月13日確認)
「AIを使ってください」だけでは使われない
企業側からすると、「便利だから使ってください」と言えば、社員が自然に使い始めるように思えるかもしれません。しかし、生成AIを使ったことがない人からすると、さまざまな不安があります。
- 何に使えばよいのか分からない
- 間違った回答が返ってきそうで怖い
- どこまで信用してよいのか分からない
- 顧客情報を入力してよいのか分からない
- 社内資料をアップロードしてよいのか分からない
- 情報漏えいが起きたときの責任が怖い
- 今までの方法でも仕事はできている
こうなると、生成AIを使うこと自体が、「新しい仕事を一つ増やされた」ように感じられてしまいます。
入力してよいか分からないなら、使わない方が安全
特に慎重な社員ほど、このように判断するでしょう。これは社員の消極性だけが原因ではありません。会社側が「安全に使える範囲」を明確にできていないことも原因です。
最初に教えるべきなのは「プロンプト技術」だけではない
AI研修というと、「良いプロンプトの書き方」から始めたくなります。もちろん、プロンプトの考え方を学ぶことも重要です。
しかし、その前に社員が知りたいのは、「何をAIに任せてよいのか」、そして「どの情報なら入力してよいのか」ではないでしょうか。
例えば、比較的AIに任せやすい業務として、次のようなものがあります。
- 文章の下書き
- 要約
- アイデア出し
- 表現の改善
- 会議資料の構成案
- データ整理
- チェックリスト作成
一方、契約、法律、税務、医療、人事評価、顧客への最終回答、重要な経営判断などは、AIの出力をそのまま採用するのではなく、人による確認が必要です。
さらに重要なのが、顧客情報・個人情報・機密情報の扱いです。「AIを自由に使ってください」と言われても、入力ルールが分からなければ業務では使えません。
「入力禁止」だけでは、AIを使える仕事が減ってしまう
安全性を優先して、顧客名、個人名、電話番号、メールアドレス、住所などはAIへ入力禁止というルールを設ける方法があります。これは分かりやすいルールです。
しかし、実際の業務では別の問題が起きます。
- 顧客別の売上を分析したい
- 問い合わせ内容を分類したい
- 顧客データから報告書を作りたい
- Excelからプレゼンテーション資料を作りたい
これらのファイルには、顧客名や担当者名などが含まれていることがあります。すると、「AIを使えば効率化できる仕事なのに、情報が入っているため使えない」という状況になります。
そこで必要になるのが、「入力禁止」と「自由に入力」の中間にある仕組みです。
顧客情報をAIへ渡す前に「仮IDへ置き換える」
| 元データ | AIへ渡すデータ |
|---|---|
| 株式会社○○ | CUSTOMER_001 |
| 担当者:田中太郎 | 削除 |
| 電話番号 | 削除 |
| メールアドレス | 削除 |
| 詳細住所 | 必要に応じて地域単位へ変更 |
| 月別売上 | 必要な範囲を残す |
このように、AIの処理に不要な情報を削除し、必要な識別情報だけを仮IDへ置き換えます。AIには、CUSTOMER_001、CUSTOMER_002……という状態で分析させます。
処理が終わった後、社内環境でCUSTOMER_001 → 株式会社○○と戻します。こうすれば、実際の顧客名をAIへ渡さなくても、顧客ごとの集計や資料作成などができる可能性があります。
ただし、これは法律上の「匿名加工情報」と同じものではありません。また、名前を記号に置き換えれば、どのようなデータでも外部AIへ送ってよいという意味でもありません。
売上額や契約内容そのものが機密情報である場合もあるため、「誰の情報か」と「その情報自体を外部へ送ってよいか」は分けて判断する必要があります。
この仕組みについては、顧客情報をAIに渡す前に――匿名化・置き換えシステムの構築・選定ガイドで実装方法まで整理しています。
「ルール」から一歩進んで「仕組み」で守る
生成AIの社内利用では、「個人情報は入力しないでください」という注意書きだけで運用する方法もあります。しかし、人が毎回確認する仕組みでは、どうしても見落としが発生します。
例えばExcelファイルなら、別シート、非表示シート、コメント、備考欄、ファイル名などに情報が残っている可能性があります。
元ファイル
↓
社内で不要情報を削除・仮IDへ置換
↓
送信前チェック
↓
AIで処理
↓
社内で元の情報へ復元
↓
人が最終確認
生成AIを安全に定着させるには、「社員に気を付けてもらう」だけではなく、「危険な操作をしにくい仕組みを作る」という考え方も重要です。
「AI担当者」だけが使える会社にしない
AI導入時によく起きるのが、詳しい人だけがAIを使っている状態です。導入初期としては自然ですが、そのままでは会社全体の業務改善にはつながりません。
- 営業ではこう使った
- 総務ではこう使った
- 経理ではこの作業が短縮できた
- この資料なら顧客名を仮IDにすればAIで処理できた
- この情報はAIへ渡してはいけなかった
こうした具体的な事例を蓄積することが重要です。一つの部署で見つかった使い方が、別の部署でも役立つことがあります。全社員にゼロからAIの使い方を考えさせるのではなく、社内で見つかった成功例を横展開する方が定着しやすくなります。
「使ってよい例」を増やす
AI利用ルールというと、どうしても入力禁止、使用禁止、持ち出し禁止といった禁止事項が中心になりがちです。しかし、禁止事項だけでは社員は、「結局、何なら使っていいの?」となってしまいます。
使用例1:メール文章の下書き
個人情報を含めず、一般的な文章として作成する。
使用例2:会議資料の構成
機密情報を削除した上で、章立てや説明順を考えさせる。
使用例3:顧客別売上分析
顧客名を仮IDへ置き換えて分析する。
使用例4:問い合わせ内容の分類
氏名・電話番号・メールアドレスなどを削除してから分類する。
このような「この方法なら使える」という具体例を社内で増やしていくことが重要です。禁止するだけでなく、安全な利用経路を用意する。これがAI定着を進める一つのポイントになります。
経営者が使わないAIは広がりにくい
ハナマルキの事例では、経営陣もAI活用に参加しています。これは重要なポイントです。
経営側が「AIを使え」と言いながら自分では使わなければ、AIは単なる「現場への新しい要求」になってしまいます。
一方、「この資料の構成をAIで考えてみた」「長い資料を要約させたら便利だった」「この業務では顧客情報を処理してからAIを使った」といった使い方を経営側自身が示せば、AI活用は会社全体の取り組みになります。
AI導入の成果を「利用回数」だけで測らない
AI利用率が高いこと自体が目的ではありません。毎日AIを使っていても、仕事が何も変わっていなければ業務改善とは言えません。
- 作業時間が減ったか
- 残業が減ったか
- ミスが減ったか
- 資料作成が速くなったか
- 判断に必要な情報を集めやすくなったか
- 繰り返し作業を減らせたか
- 社員がより重要な仕事に時間を使えるようになったか
ハナマルキの事例でも、従業員1人あたり1日平均30分を短縮できたと仮定した場合、年間2万時間規模になるとの試算が示されています。重要なのは、「何回AIを使ったか」ではなく、「仕事がどう変わったか」です。
中小企業なら、まず一つの業務から始める
中小企業であれば、最初から大規模なAI導入をする必要はありません。
- まず数人で使う
- AIへ入力してよい情報・禁止する情報を決める
- よく使う業務を3~5個決める
- 顧客情報を扱う業務では削除・仮ID化などの方法を決める
- 効果があった使い方を共有する
- 問題がなければ利用部署を増やす
さらに、顧客情報を扱うAI活用を進めるのであれば、いきなり実際の顧客データを使わず、まず架空データで一連の処理を確認することをおすすめします。
生成AI導入で重要なのは、AIツールを購入することではありません。AIを安全に仕事の流れへ組み込むことです。
AI導入のゴールは「AIを使うこと」ではない
生成AIがどれだけ高性能になっても、社員が使わなければ業務は変わりません。そして、社員に「積極的に使ってください」と言うだけでも定着しません。
必要なのは、使い方を教えること。使ってよい範囲を決めること。安全に使える仕組みを作ること。成功した使い方を社内で共有すること。です。
特に企業利用では、「顧客情報があるからAIを使えない」という問題を、単純な禁止だけで終わらせないことも重要でしょう。
削除できる情報は削除する。必要な識別情報は仮IDへ置き換える。外部へ渡してはいけない情報は送らない。そして、人が最終確認する。
こうした仕組みがあれば、AIを安全に使える業務の範囲を広げられる可能性があります。
「生成AIを導入しました」で終わるのではなく、「生成AIによって、この仕事を安全に、こう変えました」と言えるところまで進めて、初めてAI導入は業務改善になったと言えるのではないでしょうか。
関連ページ
- 顧客情報をAIに渡す前に――匿名化・置き換えシステムの構築・選定ガイド:削除・仮ID化・送信前確認・社内復元の具体的な仕組みを確認できます。